FAQ 採用
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採用内定を出したが内定を取り消すことはできますか。
はじめに、採用内定を取り消すことができるかという点について考える前に、採用内定の法的性格について検討する必要があります。なぜなら、採用内定段階において労働契約が成立しているとなるとそれを取り消す場合には、労働契約の解約(解雇)ということになり一定の制約を伴うことになるからです。
採用内定の法的性格については、学説上、争いのあるところです。すなわち、①内定手続は労働契約の締結過程にすぎないとして、内定者は期待権侵害など不法行為による損害賠償請求しかできないとする締結過程説、②内定は将来の労働契約締結の予約であるとして、予約違反の債務不履行責任(損害賠償責任)を求めることができるとする予約説です。他方、裁判例では、③採用内定の過程で労働契約が成立し、その後の内定取消は労働契約の解約(解雇)にあたるため、内定者は合理性・相当性を欠く内定取消(解雇)の無効を主張して労働契約上の地位確認を求めることができるとする見解(労働契約成立説)があります(東京高判昭47.3.31)。
これについて最高裁は、「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、上告人からの募集(申込みの誘因)に対し、被上告人が応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する上告人からの採用内定通知は、各申込みに対する承諾であって、被上告人の本件誓約書の提出とあいまって、これにより、被上告人と上告人の間に、被上告人の就労の始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したものと解するのが相当」(最二小判昭54.7.20)と判示しました。また、「本件採用通知には、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示しており、右採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったと解することができるから…右採用通知は、右申込みに対する承諾であって、これにより、いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された昭和45年4月1日とする労働契約が成立したと解するのが相当である」(最二小判昭55.5.30)としました。
このように、最高裁は、個別の事案ごとに判断は異なるとしつつも、採用内定の過程で労働契約が成立する③労働契約成立説の立場をとり、留保された解約権の行使(内定取消)は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実を認知し、その認知した事実を理由として採用内定を取消すことが採用内定期間中の解約権という権利の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当と認められる場合に限り認められるとしました。
以上の最高裁の判断により、理論的には、労働契約の成立は両当事者間の合意の存否(その時期)という契約解釈の問題であり、採用内定により労働契約が成立する場合には、その後の使用者による一方的な解約は解雇にあたり、内定取消にも解雇権濫用法理(労契法第16条)が適用されるとの構成がとられたものと言えそうです。
一方、行政通達としては、採用通知が何等の条件を付すことなくなされた場合(赴任又は出社について特段の指示なき場合又は内定通知の場合)には、一般には労働契約の予約と認められる要素が強いが、採用通知に赴任の日が指定されている場合には、一般にはその採用通知が発せられた日に労働契約は成立したと認められる要素が強いとしつつも、しかし、なお、従来の慣行その他を勘案して決定されるべきであるとするもの(昭27.5.27基監発第15号)や「新規学卒者のいわゆる採用内定については、遅くも、企業が採用内定通知を発し、学生から入社誓約書又はこれに類するものを受領した時点において、過去の慣例上、定期採用の新規学卒者の入社時期が一定の時期に固定していない場合等の例外的場合を除いて、一般には、当該企業の例年の入社時期(4月1日である場合が多いであろう。)を就労の始期とし、一定の事由による解約権を留保した労働契約が成立したとみられる場合が多い」(昭50.3.24監督課長・企画課長内翰)とするものがあります。
以上の考え方からしますと、採用内定の取消しを行う場合には、解雇をする場合と同様の配慮が必要と言えるでしょう。そして、手続的には、労基法第20条に定める解雇予告手当など法令に抵触することのないよう留意する必要がありますし、内容的にも労契法第16条に基づく客観的合理性と社会通念上の相当性が必要となるでしょう。
ところで、採用内定法理は新規学卒者の事案において形成されてきたものですが、中途採用者にも同様に当てはまるのかという問題があります。この点は、やはり個別の事案において採用内定がどのような法的性質を持つかという契約の解釈の問題となりそうです。裁判例においては、中途採用者の採用内定について、解約権留保付きの労働契約の成立を認め、この法理を適用したものがあります(東京地決平9.10.31)。
このほか、新規学卒者採用内定取消しについては、ハローワークによる内定取消し事案の一元的把握、事業主がハローワーク等に通知すべき事項の明確化を図ることにより、企業の内定取消し事案への迅速な対応を図るとともに、採用内定取消しの内容が厚生労働大臣の定める場合に該当するときは、学生生徒等の適切な職業選択に資するため、その内容を公表することができることとしています(職安法施行規則第35条第2項及び第3項,同規則第17条の4, 平成21年1月19日厚生労働省告示第5号)。また、青少年の雇用の促進等に関する法律(若者雇用促進法)第7条に基づき、厚労省が定める指針において、採用内定者について労働契約が成立したと認められる場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない採用内定取消しは無効とされることに十分に留意し、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力などを行うこと、やむを得ない事情により採用内定の取消しを行う場合には、当該取消しの対象となった 新規学校卒業予定者の就職先の確保について最大限の努力を行うことが定められています(青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、特定地方公共団体、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針 平成27年厚生労働省告示第406号・最終改正令和3年厚生労働省告示第187号)。
【参考資料】
菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂,2019)230頁~236頁
水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会,2019)455頁~460頁
新規学校卒業者の採用内定取消しの防止について(職業安定法施行規則の改正等の概要)
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/01/h0119-2a.html
青少年の雇用の促進等に関する新たな指針の適用が始まりました!
https://www.gazou-data.com/contents_share/207/150/lb09138.pdf
※回答内容は、掲載日時点の法令・通達等に基づいたものです。